事例Ⅰ③

与件文

関西地方の主要都市を中心に配送網を展開する運送業の中堅企業、X社は、昭和40年代前半に創業された。創業者である初代社長は、それまで青果市場の仲買業者を個人で支援していた小規模事業者で、自ら軽トラックを運転し、地場スーパーや仲卸業者へ青果物を運ぶ業務を主としていた。気候変動により青果の出荷量が不安定だった時期には、依頼されなくても市場へ顔を出し、代替品の配送や臨時便の手配に柔軟に応じる姿勢が信頼を得て、次第に固定の取引先を獲得。運送業としての基盤を着実に築いた。

昭和50年代に入ると、高度経済成長に伴い小売業や外食産業の物流需要が急増。X社も地元の小売チェーンや業務用卸業者からの依頼を受けて配送エリアを拡大し、法人化を実施した。京阪神地域に強みを持つ食品卸会社との提携を機に、冷蔵対応車両や保冷ボックスを本格導入し、配送業務の幅を広げていった。この頃から、地域密着型のサービスと小回りの利く柔軟な対応を評価され、関西圏の青果・食品物流では「顔が利く中堅業者」として徐々に地位を確立していった。

現在、X社は従業員数約180名、トラック150台を保有し、うち冷凍冷蔵車両が60台、2トン~4トン車が主力である。ドライバーの平均年齢は47歳。営業・配車・総務・倉庫管理など管理職・非管理職を含む事務職が30名程度。各地の配送拠点に約40名の倉庫スタッフが配置されている。就業形態は正社員比率が約75%と比較的高く、20代~30代の若手層も増えてきている一方、ドライバーには定年延長制度を利用するシニア社員も多く含まれている。

現在の2代目社長は初代の長男で、平成元年に大学卒業後、他業種で3年間の勤務経験を積んでからX社に入社。約10年間の営業・配車・倉庫現場を経験したのち、専務取締役を経て、平成27年に社長に就任した。就任当時は、現場力は強いものの、業務の属人化や非効率な調整業務が目立ち、配車業務もベテラン社員の経験と勘に頼っていた。

特に課題であったのは、各拠点ごとに異なるルールで運用されていた運行スケジュールと積荷指示の管理方法である。社長はまず配車業務のIT化に着手し、クラウド型の配車支援システムを導入。すべての車両位置をGPSで把握し、配車計画をデータベース上で可視化する体制へと移行を進めた。しかし導入初期には、従来のやり方に慣れた配車担当者から抵抗も大きく、特に紙ベースの帳票で業務を管理していた拠点では混乱が発生。導入効果が現れるまでには1年ほどの時間を要した。

社長は現場に頻繁に足を運び、意見を聞きながら徐々に信頼を回復。配車業務の標準化と業務効率化を図った結果、稼働率は前年比で12%改善し、繁忙期の臨時対応力も高まった。また、IT活用により走行距離やアイドリング時間を正確に把握できるようになり、燃費の改善や車両メンテナンスの適正化にも寄与した。

こうした取り組みの中、X社は大手ドラッグストアチェーンY社から、関西エリアの店舗配送業務を受託。取扱品目は医薬部外品、日用雑貨、化粧品類など多岐にわたる。これまで青果や日配品中心だったX社にとって、破損リスクの高い商品や小ロット配送への対応は新たな挑戦だった。X社はY社専用の配送ユニットを立ち上げ、業務マニュアルを再設計。納品チェックシート、積載ルール、庫内温度管理のマニュアルなどを整備し、顧客要求水準の高さに対応した。

Y社との契約を通じ、X社は配送品質に関する意識改革を進めた。特に、検品精度、納品時間の厳守、クレーム即応体制の強化など、従来の「とにかく運ぶ」物流から、「品質を提供する」物流へのシフトが社内にも浸透し始めた。また、女性社員を中心とした荷姿検査チームを新設。細かい破損や異物混入の可能性をチェックするなど、新たな価値提供にも取り組んでいる。

このように業務の多様化が進む一方、組織内にはいくつかの課題も浮上している。まず、営業部門とドライバーの間で情報の共有が不十分である点が挙げられる。顧客との条件変更や臨時対応の指示が伝達ミスで漏れるケースもあり、現場と管理部門の役割認識の違いがトラブルの要因となることがある。また、近年入社した若手社員と、長年勤務してきた中高年社員の間で、価値観や仕事観の違いによる摩擦も散見されるようになってきた。

社長はこうした課題に対応するため、職種別の研修制度を刷新。若手社員にはOJTと併せて、接遇・報連相研修を必須化し、中堅層にはリーダーシップ研修や問題解決研修を実施。管理職には経営戦略や財務知識に関する外部講座受講も奨励している。とくに近年は「横断型プロジェクトチーム」による施策提案制度を導入。営業・配車・管理部門の若手~中堅社員がチームを組み、社内課題への改善策を提案・実行する仕組みが定着しつつある。

また、社長は地域密着型の新サービスとして、買物弱者支援や学校給食配送といった自治体との連携事業にも関心を持ち始めている。現場負荷や利益率とのバランスを見極めつつ、「地域の暮らしを支える物流」としての役割強化を掲げている。

さらに、女性・シニア人材の活躍支援を強化すべく、時短勤務・固定ルート配属・トラックの小型化など、柔軟な勤務体系を設計。具体的には、午前中のみの高齢者施設への納品便や、幼稚園向けの軽トラック配達便を新設するなど、就労機会の拡大を図っている。

一方で、X社の人事制度は依然として年功的要素が強く、明確な評価基準や目標管理制度の不在から、特に若手社員のモチベーション維持に課題を残している。複数部門にまたがるキャリアパスやジョブローテーションの事例も乏しく、横断的な人材育成の制度設計は今後の検討課題である。

社長は近年、事業承継についても具体的な準備を始めている。長男は現在、首都圏の物流コンサル企業に勤め、AIを活用した配送最適化プロジェクトに従事している。物流における「見える化」「平準化」「脱属人化」を志向する姿勢を社長は高く評価しつつも、自社の「現場との距離感」に懸念を抱いており、次期社長候補としての適性やタイミングは未定である。

コロナ禍を経て、物流業界では「2024年問題(ドライバーの時間外規制強化)」をはじめとする構造変化が加速している。こうした環境下において、X社は地域密着・多様な働き方・品質主義を軸に、次なる成長の方向性を模索している。(2576字)

設問

設問1:

X社がこれまで築いてきた競争優位性の要素を、組織面および人事面の観点から分析せよ。100単語以内で答えよ。

設問2:

X社が近年直面している組織的課題について、部門構造と人材構成の観点から説明せよ。100単語以内で答えよ。

設問3:

X社が新規取引先Y社との契約を通じて実施した組織的対応の変化と、それが組織マネジメント上与えた影響について述べよ。100単語以内で答えよ。

設問4:

X社の人材育成と定着に向けた近年の取り組みを、経営戦略との整合性の観点から評価せよ。100単語以内で答えよ。

設問5:

今後、X社が事業継続・組織成長を実現するために取り組むべき組織および人事上の課題とその解決に向けた方策を述べよ。100単語以内で答えよ。

模範解答

設問1

組織面は、地域密着型の営業体制と、現場主義による柔軟な配送対応。人事面は、正社員比率とベテラン層によるOJT体制、中堅社員を軸としたリーダー配置により、属人的業務を安定運用してきた点が競争優位性の要素。

設問2

部門構造は、部門間の情報伝達および連携不足や役割認識の乖離の解消が課題でそれにより調整ミスを防ぐ。人材構成は、若手とベテラン間の価値観のすり合わせや、異世代協働や部門横断的なキャリア形成が課題である。

設問3

専用チーム設置、業務マニュアルの整備、破損検査体制の構築など標準化・品質管理を強化。この変化は属人的業務からの脱却を促し、部門間の協働意識と現場のサービス意識を高め、組織的な業務品質向上に寄与。

設問4

若手の定着を図るため、研修制度の刷新やプロジェクト提案制度を整備し、働きがいの醸成と成長機会の提供を両立。柔軟で多様な働き方が実現されつつあり、地域密着・品質主義の戦略実行を下支えしている。

設問5

①部門横断の人事制度整備、②異世代間交流機会の創出、③承継に向けた育成計画の策定が必要。具体的には、職種間ローテーション、メンタリング制度導入、次期経営者と現場を繋ぐ戦略対話機会の確保が有効である。

解説

✅ 設問1 解説

設問:
X社がこれまで築いてきた競争優位性の要素を、組織面および人事面の観点から分析せよ。


❶ 出題意図:

本設問は、X社の「強み」=競争優位性を、組織構造・運用面と人事制度・人的資源の観点から分解・分析できるかを問う問題です。
過去問ではH30事例Ⅰ第1問やR5事例Ⅰ第1問とも類似し、経営資源のなかでも「人・組織」に焦点を当てて競争力の背景を分析させる典型問題です。


❷ 与件文対応:

X社の強みとして読み取れる内容は以下の通りです。

  • 組織面:
     ・地域密着型の営業体制
     ・配送現場との連携重視(現場主義)
     ・高いフットワークによる柔軟対応力(市場からの信頼)
  • 人事面:
     ・高い正社員比率(75%)
     ・OJT重視で現場に熟練者が多い
     ・中堅社員をリーダーとして各ユニットに配置

こうした要素は、外注依存型の運送業では得難い「自社で制御可能な品質管理力」を生み出しており、他社との競争優位性に繋がっています。


❸ 一次知識適用:

  • VRIOフレームワーク(経営資源分析)
     ・Value:地域密着・柔軟対応(顧客価値)
     ・Rareness:正社員比率の高さ(業界平均より高い)
     ・Imitability:OJT・現場主義による組織文化(模倣困難)
     ・Organization:中堅社員による現場管理(活用体制)
  • 中小企業の人的資源管理
     ・OJT・経験重視型の組織は柔軟な対応力に優れる
     ・中堅社員の定着が安定運用を支える

❹ 解答構造:

以下の順序で論理を構成します。

  • 組織面の強み → 地域密着・柔軟対応
  • 人事面の強み → OJT体制・正社員比率・中堅リーダー
  • それらが他社に対して持続的競争優位を生んでいる、と締める

✅ 設問2 解説

設問:
X社が直面する組織的課題について、部門構造と人材構成の観点から述べよ。


❶ 出題意図:

この設問は「問題点の把握」を問う診断型設問です。
「部門構造」と「人材構成」という2つの視点で分析できるかがポイントです。
R3事例Ⅰ第1問などに通じる構造的分析問題です。


❷ 与件文対応:

  • 部門構造の課題:
     ・営業と現場(ドライバー)間の情報伝達ミス
     ・役割認識の乖離、連携の弱さ
  • 人材構成の課題:
     ・若手とベテランの間での価値観ギャップ
     ・部門間のキャリアパス不在(縦割り構造)

これらは組織の「縦割り性」と「世代間の断絶」に起因しています。


❸ 一次知識適用:

  • 機能別組織の限界: 情報共有が部門を跨がず、意思決定が遅れる。
  • 組織のダイバーシティマネジメント: 世代間摩擦への対応(心理的安全性)
  • キャリア開発理論: 複線型キャリアパスや職種横断経験の重要性

❹ 解答構造:

  • 部門構造 → 情報連携/役割の分断
  • 人材構成 → 世代間摩擦/キャリア不在
  • 課題として2軸を整理し、明確に提示する

✅ 設問3 解説

設問:
Y社との契約を通じてX社が実施した組織的対応の変化と、そのマネジメント上の影響を述べよ。


❶ 出題意図:

この設問は「外部環境変化を契機とした組織対応とその影響の理解」を問うものです。
R2事例Ⅰ第2問など「変化と適応」に着目した出題傾向と合致します。


❷ 与件文対応:

  • 組織的変化:
     ・Y社専用配送ユニットの編成
     ・マニュアル整備(積載・検品・品質)
     ・女性中心の荷姿検査体制
  • マネジメント上の影響:
     ・品質志向の定着
     ・属人的業務からの脱却
     ・サービス意識の向上とチーム意識の醸成

❸ 一次知識適用:

  • 組織変革理論(ルイン → 変化 → 再定着)
  • サービス品質向上施策(教育・標準化)
  • 品質管理の組織化(QC活動やISO的発想)

❹ 解答構造:

  • 変化内容 → チーム新設/標準化施策
  • 影響 → サービス意識/属人性解消/マネジメントの近代化

✅ 設問4 解説

設問:
X社の人材育成と定着施策を、経営戦略との整合性から評価せよ。


❶ 出題意図:

人事施策が経営戦略(地域密着・品質志向・多様性)とどのように連動しているかを評価させる設問。R5第3問と近い視点です。


❷ 与件文対応:

  • 人材育成策:
     ・階層別研修(若手OJT/中堅リーダー育成)
     ・横断PJによる課題解決体験
     ・提案制度による当事者意識
  • 戦略との整合性:
     ・地域に密着する現場力の強化
     ・品質管理の担い手育成
     ・多様な働き方支援(女性・シニア活躍)

❸ 一次知識適用:

  • 人的資源管理論(能力開発・定着促進)
  • 経営戦略と人材マネジメントの整合性理論(ストラテジックHRM)

❹ 解答構造:

  • 育成策→特徴(層別・実践)
  • 整合性→戦略目的と直結(地域力・品質・多様性)

✅ 設問5(助言問題)解説

設問:
今後X社が取り組むべき組織・人事課題とその解決方策を述べよ。


❶ 出題意図:

助言問題として、「今後」に向けた課題認識と具体施策の提示を問うもの。
R4第4問やH30第4問と類似し、戦略実行力強化に向けた処方箋を提示できるかがポイントです。


❷ 与件文対応:

  • 課題:
     ・部門連携が不十分、キャリアが縦割り
     ・世代間摩擦・対話不足
     ・次期経営者不在(承継未着手)
  • 方策:
     ・ローテーションやクロストレーニング
     ・メンタリング制度、価値観共有研修
     ・承継準備として戦略会議や対話促進

❸ 一次知識適用:

  • 「幸の日も毛深い猫」フレーム
     ・サチノヒ(採用・賃金・能力・評価)
     ・ケブカイネコ(権限・部門・階層・ネットワーク・コミュニケーション)
  • 事業承継のフレーム:
     ・段階的移行/見える化/内部対話

❹ 解答構造:

  • 組織面の課題→部門間・経営層
  • 人事面の課題→育成・世代間
  • 各課題に具体策をセットで提示